文:いずみ
人事評価は、本当に難しい問題だと思います。
「頑張っていれば、きっと誰かが見ていてくれる」
そう思いたいです。でも、長く会社員として働くうちに、「本当にそうだろうか」と疑問を感じるようになりました。
自分では頑張ったと思っている。けれど、会社や上司の評価は違う。その食い違いが、働く気持ちに影響することがあります。
私にとって賞与は、生活を支えるお金であると同時に、自分の仕事を見てもらえていると感じるものでもありました。だからこそ、その金額や評価のされ方が気になったのだと思います。
今回は、賞与の役割について調べたことと、評価される側、評価する側の両方を経験して感じたことを書きます。
賞与には、どんな役割があるのでしょうか
ここは、私の経験とは分けて、公的資料をもとに整理します。
賞与には、一つの目的だけがあるわけではありません。厚生労働省の指針では、働いたことへの対価を後から支払う性質、これまでの貢献に報いる性質、生活費を補う役割、働く意欲につなげる役割などが挙げられています。厚生労働省の指針「賞与」の説明
また、厚生労働省のモデル就業規則には、会社の業績や本人の勤務成績などを考慮して賞与額を決める規程例があります。これは会社が規則を作る際の参考例で、どの会社にも同じ計算方法が当てはまるという意味ではありません。モデル就業規則 令和7年12月版 第50条
整理すると、賞与は次のような役割を持ち得るお金です。
- 会社の業績や、働く人の貢献を支給額に反映する。
- 毎月の給与とは別の時期に、働いたことへの対価を支払う。
- 働く人の生活を支える。
- 仕事への意欲につなげる。
どの役割を重く見るか、個人の評価をどれだけ金額に反映するかは、会社の仕組みによって異なります。個人が頑張った分だけ、そのまま賞与額が増えるとは限りません。
なお、賞与制度を設けること自体は、法律で一律に義務付けられているわけではありません。ただし、就業規則などで支給条件が定められていれば、その内容に応じて支払義務が生じます。「会社が自由に払わなくてよい」という意味ではないため、自分の会社の規則や契約内容を確認することが大切です。厚生労働省の解説、沖縄労働局の相談事例
私には、賞与が仕事への評価にも感じられました
賞与には複数の役割がある。そのことと、働いている本人がどう受け止めるかは、少し違うのだと思います。
ボーナスをもらって明細を見たとき、社内の支給基準よりも多い金額だったことがありました。そのときは、もちろん嬉しかったです。
「評価されたんだ。見ていてくれたんだ。頑張ってよかった」
そう思いました。私にとって賞与には、自分の頑張りを見てもらえたと感じられる喜びもありました。
私の会社では、賞与を決めるときに「部署評価」と「個人評価」がありました。この二つを合わせて、支給額が決まる仕組みでした。
部署評価は、言葉のとおり、所属する部門が予算を達成したかどうかで決まります。私のような営業サポート部門で働く人にとっては、自分がどの部署や支店に所属しているかによって、評価が大きく変わることがありました。その部署評価に、本人の働き方を見る個人評価が加わります。
長年、営業として責任を持ち、お客様との関係を積み重ねてきました。その仕事を会社がどう見ているのか。賞与は、それを知る手がかりの一つになっていました。
以前の記事にも書きましたが、定年後に提示された賞与は、半年に一度、一律3万円でした。
その条件を知ったとき、私は「この先、何を励みにして働けばいいのだろう」と感じました。
金額から会社の評価すべてを読み取れるわけではありません。それでも、その条件で今までの仕事や責任を引き受け続けることに、私は納得できませんでした。
評価制度は、力にもなり、悩みの種にもなりました
部署と個人の働きを評価し、その結果を賞与に反映する。こうした制度は、社員の意欲を高め、会社の業績を伸ばす力にもなるのだと思います。
実際、基準より多い賞与を受け取ったときの私は、「また頑張ろう」と思えました。評価されることが、仕事への励みになる。その気持ちは、私自身がよく知っています。
その一方で、評価は、社員一人ひとりのモヤモヤや、人間関係の悩みの種になることもありました。
売り上げのように数字で確認できるものだけでなく、勤務態度や仕事への取り組み方も評価の対象になります。数字だけでは決められないからこそ、評価する上司の見方が入ります。ときには、そこに個人的な感情まで混じっているのではないかと感じることもありました。
評価に納得できない気持ちが重なると、職場の雰囲気が悪くなったり、その会社を去ることまで考えたりする人も出てきます。
静かに仕事をしていたはずの職場で、評価をきっかけに、思いがけない「ドラマ」が始まってしまうのです。
長く会社勤めをしてきた人なら、一度や二度、似たような場面を経験したことがあるかもしれません。
一番近くにいる上司なら、分かってくれるはずなのに
私がいた会社では、直属の上司の評価が重く扱われていると感じていました。
一番近くで仕事を見ている人なのだから、分かっているはず。見ていてくれるはず。そう考えるのは自然なことだと思います。
けれど、実際には、近くにいることと、本人が納得できる評価になることは、同じではありませんでした。
上司も人です。仕事をどう受け止めるかには、その人の考え方が関わります。個人的な感情が入り込むことはないのだろうか。私は、そう感じることもありました。
もちろん、自分の評価がいつも正しいとも言い切れません。それでも、自分が力を注いだことと、上司が評価したことが食い違えば、気持ちは揺れます。
「頑張っていれば、誰かが見てくれる」
そう信じて働いていても、頑張りが自動的に伝わるわけではない。その難しさを感じていました。
制度が変わっても、評価の難しさは残りました
長い会社員生活の中で、人事評価制度も何度も変わりました。
特に退職前の10年ほどは、毎年のように変わっていた印象があります。
制度を見直すことには、会社なりの理由があったのだと思います。ただ、仕組みが変われば、それだけで自分の仕事を納得のいく形で見てもらえるようになるのか。私には、そう簡単には思えませんでした。
私は、自分の経験から、人事評価にすっきり納得できないまま働いている人は少なくないのではないか、と感じています。
これは、社員全体を調べた結果ではありません。私が長く働く中で持つようになった感覚です。
自分では何を頑張ったと思っているのか。会社は何を求めていて、どこを評価したのか。その違いが分からないままだと、結果だけを受け取っても、気持ちを整理しにくいのだと思います。
自分が評価する立場になっても、簡単ではありませんでした
私は、評価する立場も経験しました。
評価に納得できない気持ちは、自分も知っています。だからこそ、今度は人を評価する側になると、それはそれで大変でした。
自分が評価されるときに感じていた難しさを、立場が変わったからといって、すぐに解決できるわけではありません。
本人の自己評価と、評価する側の見方が違う。その違いをどう扱うかは、難しい問題でした。
公平に見たいと思っていても、自分自身も人です。自分の見方だけが正しいと言えるのか。評価される側の不満を知っている分、簡単に割り切れないところもありました。
評価する側とされる側の間にある距離
会社には役職や責任の違いがあり、上下関係が生まれます。私は、その関係を強く意識させるものの一つが、人事評価だと感じています。
自分の働き方を評価する人と、評価を受ける自分。同じ職場で働いていても、立場は違います。
評価する側になったときには、部下との関係の難しさも感じました。評価の項目や点数だけでは整理できない、人と人との関係があります。
制度を整えることと、互いの仕事を理解し、話せる関係をつくること。その両方が必要なのだと思います。
評価に納得できないとき、何を確認したいか
今、評価のことで気持ちが引っかかっているなら、自分が頑張ったと思うことと、会社から示された評価を、分けて書いてみる方法があります。
上司に確認するとしたら、私は次のようなことを聞きたいと思います。
- 今回は、何を基準に評価したのか。
- 自分が力を入れた仕事は、どの項目で評価されたのか。
- 評価が届かなかった部分は、具体的に何だったのか。
- その評価は、賞与や昇給にどう反映される仕組みなのか。
もちろん、聞きづらい相手や職場もあると思います。話をすれば必ず納得できる、とも言えません。
それでも、自分が分からないのは評価の基準なのか、結果の理由なのか、お金への反映のされ方なのか。それを少し分けて考えられると、確認したいことが見えてくるかもしれません。
私は定年退職を考えたとき、めったに見ていなかった就業規則を、一つひとつ確認しながら読みました。自分の働き方や条件を、会社の説明だけでなく、規則でも確かめようと思ったからです。
人事評価について、今もすっきりした答えを持っているわけではありません。
ただ、評価される側だったときも、評価する側になったときも、仕事をどう見たのか、その理由が伝わることは大切だと感じます。
頑張りを見てもらいたい。自分の仕事を、分かってもらいたい。
賞与や評価が気になっていた私の中には、そんな気持ちがあったのだと思います。